目指すものとは?

こんばんわ吉田です。

さて、常日頃からこの世は「思い通りにならないのが人生」と分かってはいるのですが、普段の生活を何となしに過ごしていると「思い通りにならないのが人生」という事をうっかり忘れてしまいます。

ついつい思い通りに行くのではないかなどとおごり高ぶった考えを持ってしまいます。

先日、本を読んでいたら「人生は思い通りにはいかない」事を改めて知った文章がありました。

作者は不明でアメリカのとある病院の壁に、一人の兵士が書いたものともいわれているらしいです。有名なのでみなさんも聞いたことがあると思うのですが、「グリフィンの祈り」ともいわれています。以下のような内容です。

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「大きなことを成し遂げるために力を与えて欲しいと神に求めたのに、謙虚を学ぶようにと、弱さを授かった。

偉大なことができるようにと健康を求めたのに、より良きことをするようにと、病気をたまわった。

幸せになろうと富を求めたのに、賢明であるようにと貧困を授かった。

世の人々の賞賛を得ようとして、成功を求めたのに、得意にならないようにと、失敗を授かった。

人生を享受しようとしてあらゆるものを求めたのに、あるゆることを喜べるようにと、命を授かった。

求めたものは一つとして叶えられなかったが、願いは全て聞き届けられた。

神の意に沿わぬものであるにも関わらず、心の中の言い表せない祈りは、全て叶えられた。 私は、最も豊かに祝福されたのだ。」

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お金、名誉、健康、賞賛、全てのものを必死に求め「思い通りの人生」を望んだのに、全てが叶えられなかった。

しかし、すでに言葉では言い表せないほど恵まれていることに、気づいたのだろうということだと思います。

自分の思い通りの人生を相手に周囲に、この世に、宇宙に、天地自然に「要求」し続ける。要求とは強く自分以外の誰かに、何者かに何かを求める行為です。

これを続けていくとなぜかものすごく辛く、苦しく、厳しい人生になっていくらしいです。

周囲や天地自然に対して、要求が強ければ、強いほど自分へのストレスが強くなってきます。

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私たちの世界には、鏡の法則または、投げかけたものが返ってくるという法則というものが存在するということです。ですので、周囲に対して今自分がどれだけ恵まれている状況かという事に気づき、感謝していくと感謝したくなる現象が帰ってくるという事らしいです。

そして、寺社仏閣や天地自然やご先祖様にやっていけないことでいわれるのが、「要求」や「願望」を訴えることだそうです。今の現状に不満があるから「何とかしてくれ」と要求する、願望を訴える行為をするとそのまま「何とかしてくれ」という現象がまた返ってくるということらしいです。

例えばお金が欲しいから、何とかしてほしいと願うと、来年またお金が欲しくなる現象が起きてくるということらしいです。

そして、私たちまず常日頃、自分自身の機嫌を取っていき、いつどんな状況でも、自分自身が楽しくし、周囲に喜んでもらうためには、どうしたらいいかを一所懸命考えなければならないということらしいです。

そのためにも、自分を一所懸命好きになり、自分自身の機嫌を取りながら「上機嫌」でいることを常日頃心がけ、上機嫌な自分を周囲に投げかける。そしてその投げかけたものが返ってくる。というのがこの世の法則ということらしいです。

笑顔を与えれば、笑顔が返る、好きなら、好かれる、嫌えば、嫌われる。愛すれば愛される。愛さなければ愛されない。これが最も大切なことだろうという事でした。

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しかし、「思い通りにいかなくて」どうしようもないぐらい落ち込む時もあります。私も数えきれないくらいあるのですが、よく考えてみると、「思い通りにならない」ものほど面白く、楽しいものなのかもしれません。ゴルフにしても、サッカーにしても、野球にしてもテニスにしても、釣りにしても、何をやるにしても、あえて「思い通りにならない」ルールを決めて、さらにその上で、あと一歩、あと一歩と前に進んで成長していくものが本当は楽しいものではないのでしょうかということらしいです。

これを仕事や人生に置き換えると、紛れもなく人と人との、人間関係のゲームではないのだろうか、などと考えたりします。どれだけ、自分に喜びを与えるか。どれだけ人に喜びを与えるか。そして人生を楽しんで生きるか。というゲームに「思い通りにならないルール」を加えて楽しみながら成長することなのかもしれません。

そして、プロ野球の選手でも3割で打つと一流打者です。5割は打てません。打てたのはドカベン山田太郎ぐらいです。漫画では確か甲子園通算成績7割5分でした~笑い~

サッカー選手も1試合1点を入れるのがどれだけ大変なことか、バットで打つとか、手を使わないとか、「思い通りにならないルール」があるから、その中でいかに向上するか、壁を超えるか、前に進むかという意識が芽生え目指す生きがいになるのだろうと思います。

ですから7割ぐらい失敗しても、全然平気なのだろうと思います。あのイチロー選手でさえ3割打つって大変です。7割は失敗しなければならないのです。その7割は落ち込むことではなく、どうしたら打てるかと考えるための課題であり、学び成長することなのかもしれません。7割の失敗で都度都度、落ち込んでいたら、このわずかで短い人生なんてあっという間に、「死」というゴールに向かって終わってしまうかもしれないということらしいです。

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この人生が自分に喜びと、人に喜びを与えるゲームだとするなら、ひょっとすると7割ぐらい人に迷惑をかけて、7割ぐらい自分を責めて落ち込んでしまっているのかもしれません。それでも、自分にも人にも「喜びを与えていく」事が、私たちの「目指す」ものだとするのなら、7割の失敗からどうしたらそれができるかを、真剣に一所懸命考え学び成長していく事が、「思い通りにならないこの人生」を楽しく豊かに、生きていくことの秘訣なのかもしれません。

またまた長くなってしまいました。今日のところはこの辺で・・・

 

 

 

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