「自分の言葉」

こんばんわ!

ふと気づいたら今年もあっという間に立春になってしまいました。大変ご無沙汰しておりました。吉田です。

昨日の3.11で東日本大震災から6年が経過しました。当時を思い起こすと、大震災直後はテレビの映像を見たり、震災の現地を見にいったりすると「言葉にならない」なんとも理不尽でやるせない、気持ちになっていたのを思い起こしました。

すると昨日の朝刊の新聞記事の編集日記に、

「私たちはどうしたら「自分の言葉」をもてるのでしょうか。」

ということを震災後の復興イベントで、郡山出身で作家の古川日出夫さんが言っていたという事でした。私自身古川さんとは隣近所の幼馴染ということもあり、記事を食い入るように見てしまいました。当時は震災のショックで自分の思いを言葉にすることができない、人が多かったという事でした。

私たちは、震災に加え原発の問題もあり、自分の力ではどうしようもない、言葉にすらすることもできない状況であった事も事実です。しかし、月日を追うごとにそんな事すら言っていられない忙しい日々を送り、知らず知らずに3.11の記憶が薄れていきます。

もちろんいつまでも引きづっていることはできませんが、家族、仲間、友人、会社の同僚などなど様々な人が、かけがえのない存在なのだと、改めて思い起こさなければならないのと同時に、私たち人一人の力などたかが知れているという事を、実感しなければならないのだろうと思います。

やはり、何か大きな力に私たちは「生かされている」といった方がしっくりくるのだろうと考えたりもします。

私たち人間は、大きな意味で自然のわずかなほんのごく1部の存在にすぎないのだろうと思います。「生かされている」日々を1日、大切に生きていかなければならないのだろうと、この自分だけのかけがいのない、「人生を幸せに楽しく生きる」のが、私たちに課せられた義務なのかもしれません。

そんな中、強い覚悟をもって自分の言葉として「いい言葉」を周囲に投げかけていく、努力をしていかなければ、ならないのだろうと考えます。

さて先日、日本でも有数のトップマーケッターの神田昌典さんの公演TOURに言ってまいりました。神田さんといえば、私たちの業界や様々な中小企業の経営や営業手法に大きな影響を与えている人物です。

非常に楽しい内容で、あっという間の時間でしたが、大変貴重な内容を聞かさせてもらいました。

今年「2017年」は、これからのビジネス社会では大きな節目の年になるそうです。

ようは今年1年「何を」やるかで、将来が決まってしまうほどの大事な1年という事でした。わたしたちは常に「何を」いつまでにという事を、日々淡々とこなして生活をしています。

日常の生活の中で、顔を洗う、歯を磨く、朝ごはんを食べる。ということは、何をいつまでときまっているのですが、 意識することなく淡々とこなしてしまっているのだろうともいます。いわゆる「習慣」というものになっているのだろうと思います。

「何を」するかで、こんな話を聞いたことがあります。自分の中であれをやりたいと思い考えただけでワクワクしてくるものは、できるできないにかかわらず、今すぐ始めた方がいい、少しでもいいからちょっとずつでもいいから、やってみることが大事という事でした。

自分の内なる声を大事に、それが何より大切な事で、まずはそれをやってみるそして継続する。さらに習慣になるまで続けることができたなら、もしかするとその領域のプロフェッショナルになってくるかもしれないという事でした。

さて、日本の究極のプロフェッショナルといえば、

「武士道といふは、死ぬ事と見つけたり」

とこの有名な一文がのっている、プロフェッショナルな武士道のルーツ「葉隠」をよみました。

この武士としての心得は江戸時代中期の佐賀鍋島藩士の山本常朝(じょうちょう)が武士の心得として語ったものらしいのですが、

その頃の武士はというと、すでに戦国時代が終わって組織人としての働きが求められていました。奉公人として大きなストレスにさらされながらどう生きていくかという事が武士たちには大きなテーマだったそうです。

現代は高ストレス社会といわれますが、武士の社会は現代と比較にならないぐらい究極のストレス社会だったそうです。

割り振られた仕事からは、絶対に抜けることができない!              上司から気に入られなければ、すぐにリストラされて浪人になる!           上司のしりぬぐいは当たり前!                                 やりがいのある仕事など皆無!                                                  主君のために戦ったことなど一度もない!                                           ようは自分が思うカッコいい仕事とか、夢とかは一切ない!                           サラリーマン生活という状態だったらしいです。

本来の武士の自己実現という意味だと、戦で斬りあって死にたい。ということだったそうですが、サラリーマンとしての武士の世界は、私たちが想像以上の厳しかったそうです。

手紙の書き方を間違えれば処分され、酒の席で不作法があると、斬りあいもおきる。   日常の様々な事柄から命を失ってしまう。                               毎日の日常を「死ぬ」覚悟を持ちながら、戦場ではなく、日常の仕事に向かっていたということらしいです。

私たちサラリーマンの何十倍かわからない、超高ストレス社会で生き抜くため生まれた言葉が

「武士道とは死ぬ事と見つけたり」

という言葉になっているのだろうと思います。生きるか死ぬかの決断の時、武士は死ぬ方を選んだそうです。覚悟をもって、死を選ぶとなぜか道が開ける、なぜか生かされるという事があったそうです。

私たちが、この思い通りにならない人生の中、どれだけの覚悟を持って生きれるかどうかは、わかりませんが

「自分の言葉」

を見つけ覚悟をもって、目の前の事に必死に取り組んでいける人が、最も幸せで、楽しい人生を生きれるのかもしれません。

今日のところはこの辺で・・・

 

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