Made in Japanの確かさ

匠の技が紡ぐe.homeの家

ある職人が言った。
目を閉じると聞こえてくるんだ。いろんな音が。
リビングで寛ぐ家族の会話、浴室に響く子どもたちの笑い声、リズミカルな朝食を作る音、遠くで鳴ってる洗濯機がまわる音…。

e.homeの家づくりは、匠の技を極めたたくさんの”つくるひと”によって支えられている。

一本の糸を紡ぐように、匠の技を結集して一軒、一軒丁寧につくられるe.homeの家。
お施主様の夢や希望をカタチにするために。そこには、彼らの家づくりに対する熱い想いがあった。

 


大工職人

大工職人
根本光信(48歳)

修業時代の親方の言葉で今でも心に残っているのは、現場の整理整頓。現場が汚いと仕事も汚くなる、現場は常にきれいにしておけ。そうすれば仕事もきれいに出来るようになる。大工になって30年以上経つけど、ホントその通り。今ではうちの職人たちに言い聞かせてる言葉だけどね。それから常に自分の家を建てるような気持ちで。我々は商売だから何十軒も建ててるけど、お施主様にとっては生涯に一度の家。人の家ではなく、自分が住んだらどうなのかを常に考えながら仕事をするように。家って一番心が落ち着く親兄弟のようなものだと思う。だからこそお施主様に気に入ってもらえるような家を作り、家族のようにいつまでも大切に使ってほしい。そのためにも誠心誠意作る。それに尽きると思う。

大工職人
早山敏勝(59歳)

大工になって45年。修業時代とは施工方法も、使う道具もずいぶん様変わりしました。私らが若い頃は、材木を刻む墨付けも自分たちでやってたんだ。今は寸法通りにプレカットされたものが運ばれてくるから、現場の作業は楽になった。でも、家には収まりっていうのがある。ただ組み立てればいいというものでもない。収まりのいい家を作るには、その場、その場の微調整が必要なんだ。この作業はどう頑張っても機械には出来ない。長年の経験を通して身に付いた職人の勘が頼りだからね。昔ながらのノミやカンナ、ノコギリの技を駆使して収まりを付けていくんだ。仕事で大事にしているのは、お施主様の立場になって。どこを見ても満足してもらえる、住み心地のいい長持ちする家を作りたいからね。

大工職人
後藤倫太郎(40歳)

よく家は3回建てると理想の家になるって言うけど、出来れば1回で思い通りの家を建ててほしい。だからお施主様が現場を見に来るのは大歓迎。実際、現場を見れば図面では気づかなかったことも見えてくるし、我々としても奥様の身長に合わせて高さを調節したりという微調整が出来る。後でこうすればよかった・・・と言われるのが一番辛いから、些細なことでも遠慮せずに話してほしい。家ってその人にとって一番安心できる場であると同時に、その人の思いや趣味を表現する場でもある。だから完成して友人を招いたときにちょっと自慢出来る、そんな家になれば・・・。その手伝いをするのが我々の仕事。嬉しい瞬間?新築物件に初めて明かりが灯ったとき。ここで生活が始まると思うと何か嬉しいよね。

大工職人
今村 清(39歳)

うちは祖父と叔父が大工で、モノ作りが大好きだったこともあり、15歳のときにこの世界に入ったんだ。当時、親方によく言われたのは「仕事場はきれいにしろ」と「仕事は見て覚えろ」。だから現場の掃き掃除をしながら職人さんたちの仕事をじっと見てた。それで20歳のときに親方の勧めで自分の家を建てることなり、設計から全部一人でやってみたんだ。この経験はすごく勉強になった。建てる人の気持ちも分かったしね。お施主様には、なるべく現場を見に来てほしい。いかに土台や骨組みがしっかりしてるか分かるから。今回の震災で改めて家の耐震性が注目されてるけど、お施主様から「ほとんど被害がなかったよ」と言われるとこっちも嬉しいし、これからもいい仕事をしなければ・・・と励みになる。

 


左官職人

左官職人
市川隆也(68歳)

うちは明治時代から4代続く左官屋一筋の家。かつては住宅のほか土蔵や神社仏閣の漆喰も手掛けてた。それが高度経済成長とともに左官屋本来の仕事が激減。塗り壁の家も年々、減少していったけど、シックハウスが話題になってからは自然素材の塗り壁の家がまた見直され始めたのは嬉しい限り。一時は技術が途絶えてしまうことを心配したけど、塗り壁の家が増えてくれれば若い人に技術を継承していけるからね。左官屋でよく言われるのは、毎日壁を塗ってて飽きないの?普通の人から見れば同じ壁に見えるかもしれないけど、現場ごとに壁も違うからまったく飽きない。それどころか毎回良く仕上げてやろうという欲が出てくるから、どの現場も楽しい。それだけ左官屋の仕事は奥が深いんだ。

左官職人
廣瀬和吉(64歳)

左官屋になって45年。初めはコテ板の上に材料をのせるのも至難の技で、コツを覚えるのに1年位は掛かったかな。当時の親方によく言われたのは、お客さんの気持ちになって仕事をしろ。我々の仕事は毎日でも、お客さんにとっては一生に一軒。家を建てるのは夢なんだから自分か建てるつもりでやれ。今でもそれだけは肝に銘じてる。左官屋の仕事で一番難しいのは、材料と水の混ぜ具合。柔らかくても硬くてもだめ。季節によっても微妙に違うからね。この材料作りをマスターするとやっと壁を塗らせてもらえるんだ。火山灰シラスの場合、下塗りに2ミリ、中塗りに1ミリの材料を均等に塗って仕上げていくんだけど、これも薄すぎても厚すぎてもだめ。ベテランになるとコテの感触で分かるんだ。

左官職人
野崎靖之(69歳)

私が弟子入りした頃は土蔵を造る家がまだあったから、ワラ入りの土を足で踏んで混ぜる材料作りが若いもんの仕事だった。あれから40年以上、土蔵の仕事はもうないと思っていたら、震災で壊れた土蔵を再生したいという建築家のグループがあらわれて・・・。今は土蔵を蘇らせる仕事にも携わっているんだ。私としても昔ながらの左官屋の技術を後世に残したいからね。最近、塗り壁の家が見直され、左官屋の仕事が増えてきたのはありがたいよ。湿潤な日本には、湿気の調整作用がある塗り壁の家が一番だと思うし、自然素材を使った壁はやっぱり身体にいいからね。抱負?今は機能性に加え、デザインを重視するお施主様も多いから、その希望に応えられるよう芸術的なセンスをさらに磨いていくことかな。

左官職人
大橋 賢(33歳)

この道に入ったのは、祖父の代から続く左官屋だったから。手伝いの延長という感じで自然に。でも、若手の技能五輪で日本一になったときは嬉しかった。周囲も喜んでくれたし、左官職人としてやっていく自信にもなった。今はなり手の少ない仕事だけど、たぶん若い人は左官屋の面白さを知らないんだと思う。季節やその日の天候を見極めながら材料を練り、コテに伝わる感覚だけでミリ単位の仕事をしていく。やってみればその奥深さに絶対ハマると思うし、機械化されない仕事だからやり甲斐もある。信念?技術は頑固に、お施主様のニーズには柔軟に。これからも左官屋の仕事が途絶えぬよう、いい仕事で塗り壁の良さをアピールし、それを見て若い人がやってみたいと思ってくれればいいよね。

 


建具職人

建具職人
金澤良吉(62歳)

建具職人になって約半世紀。私のように組子細工まで手掛ける職人は福島県内に5人いるか、いないか。建具の中でも組子は一子相伝の特別なもの。私が修業していたときも建具屋として10年以上のキャリアがないと教えてもらえない難しい技術だったんだ。今は組子の建具や欄間を作る家は少なくなったけど、あるお施主様からこの前、内閣総理大臣賞をとった金澤さんに作ってほしいと指名されたときは嬉しかったな。気をつけていること?材料の吟味かな。今は暖房の効いた家が多いから、それに耐えられる機能性の高い建具。それから建具は部屋のアクセントにもなるから、お施主様の個性や趣味を反映させたデザイン性の高いもの。出来ればそこに日本伝統の組子の技が生かせればなおいいよね。

建具職人
力丸 誠(41歳)

うちは祖父の代から続く建其屋で、家業を継ぐのは当たり前のように育ってきたから、住み込みの3年間も苦にはならなかった。今は洋風の建具が多いけど、基本、作り方は障子や襖と同じだからね。昔ながらの技術を生かしながら、どう今風にアレンジするか。建具は見た目のデザインも大事だけど、すぐに立て付けが悪くなるようなものでも困る。暖かくて乾燥気味の今の家。そこに設置しても狂いの少ない材料をいかに選ぶか。それも建具職人の腕の見せ所。でも、木は生きてるから、年数が経つと自然にきつくなったり緩くなったりする。立て付けが悪くなったと言われればすぐ直しに行くけど、家が完成した後もお施主様と付き合いが続く、そんな身近な存在でいられたら・・・と思ってるんだ。

 


塗装職人

塗装職人
西條英則(34歳)

この世界に入ったきっかけは、素人の思い付きで塗り直した自宅の壁。これが結構面白くて、初めてにしてはきれいに仕上がった。会社を辞めて塗装屋になろう。そう思い立って弟子入りしたのが21歳のとき。養生テープは貼ってもそれに頼るな。刷毛一本ではみ出さずに塗るのが一端の職人だ。塗料の分量を見極めろ。塗って垂れるようではまだまだ修業が足りないとよく注意されてた。でも、厳しい親方に付いて良かったと思う。塗装屋のイロハと仕事は繊細に!という一番大事なことを学べたから。最近、増えてる自然塗料の家は塗って拭き取るを2度繰り返すから手間は掛かる。でも、お施主様に木目を生かしたいい色に仕上がったと言われると職人冥利に尽きるというか、やり甲斐があるよね。

塗装職人
石橋文夫(54歳)

住宅の中で塗装が関係しているのは床や建具、階段、ドア枠、カウンター、棚など結構ある。今はお施主様も専門誌やインターネットで勉強してるから、好みの色も多様になったというか、微妙な色のニュアンスをつかむのが年々、難しくなってる。でも、何度も色見本で打ち合わせを重ね、希望通りの色に仕上がったと喜んでもらえたときは、苦労した甲斐があったし、職人としての責任を果たせた一番嬉しい瞬間かもしれない。うちの職人たちには「日々勉強」と言い聞かせてるけど、勉強熱心なお施主様が増えているからこそ、それを上回る知識と技術を身に付けなければ、と改めて思う。職人としてムラなく均一に塗るのは当たり前。それを越えた所でいかに喜んでもらえるか。日々勉強と精進だね。

 


瓦職人

瓦職人
添田 治(45歳)

修業時代に親方からよく言われたのは、お客さんにとっては一生に一回の瓦葺き。仕事はさぱくんじゃない。丁寧にやれ。この教えは20年以上経った今でも自分を初心に戻してくれる核のようなもの。うちの職人たちにもよく言ってるんだけど、その結果、お施主様に良く出来たと喜んでもらえたら、職人としてこんな嬉しいことはないからね。今回の震災では瓦が落ちた家も多かったけど、ほとんどは昔の工法だったんじゃないかな。今の家は洋瓦にしても、日本瓦にしても耐震工法で施工してるから、そう簡単に落ちることはない。瓦の家は風格と落ち着きがあり、断熱性の高い家を作れるのがメリットのひとつ。屋根は外観のイメージを左右するからね。洋瓦の色の並びとか、結構気を使うんだ。

 


アイシネン

アイシネン
藤田 主計(66歳)

アイシネンの吹き付け工事は、防護服に専用車輛を持ち込んでの特殊な作業。中には珍しがって見学させてほしいというお施主様も・・・そんなときは、休憩時間を見計らって詳しく説明してあげるんだ。断熱材をアイシネンにするとなぜ理想的な住環境になるのか?冷暖房効率がよくなる理由は?とかいろいろね。実際、現場を見ながら説明を受けた方が分かりやすいし、納得して住んでもらえる。だからできるだけお施主様とのコミュニケーションは大切にしようと思って。アイシネンは環境に優しく、省エネにも貢献できる最先端の断熱材。その施工を県内で唯一、任せてもらってるという自負もあるし、責任もある。今後の抱負?若い職人に自分の技術を継承していくこと。高い技術力が不可欠だからね。